ステレオタイプ
「女性は管理職を望まない」など、 集団に対するイメージを個人にも当てはめて判断することです。
私たちは、目から入る色や形、耳から聞こえる音、 皮膚で感じる温度や触覚など、 膨大な情報を絶えず受け取っています。
しかし、そのすべてを一つひとつ意識的に確認し、 考えてから行動しているわけではありません。
私たちが受け取る膨大な情報のすべてを、 意識的に一つずつ処理することはできません。
※「ビット」は情報量を表す単位です。 たとえば「はい/いいえ」「ON/OFF」のような、 2つの状態を区別する情報量が1ビットです。
出典:Jieyu Zheng & Markus Meister, “The unbearable slowness of being: Why do we live at 10 bits/s?”, Neuron, 2025. DOI
私たちは、人の表情、声の調子、座っている位置、
服装、周囲の動きや音など、多くの情報を同時に受け取っています。
しかし、それらをすべて一つひとつ意識的に分析してから、
周囲を理解し、行動しているわけではありません。
私たちが膨大な情報の中で素早く行動できるのは、 多くの情報が、意識的に考える前に自動的に処理されているからです。
そして、その自動的な判断には、 自分では意識していない思い込みや先入観、 アンコンシャス・バイアスが影響することがあります。
では、私たちはどのように自動的に判断し、
どのようなときに意識的に考えているのでしょうか。
人の判断に関わる2つの思考の働きから見ていきます。
判断や推論の働きを理解する考え方として、 素早く自動的に働く処理を「システム1」、 注意を向けて意識的に考える処理を「システム2」と整理する 二重過程の考え方があります。
システム1は、意識して考えなくても自動的に働きます。 相手の表情から雰囲気を感じ取る、 慣れた行動をする、 過去の経験から素早く判断するといった場面で働いています。
たとえば、赤信号を見たとき、 私たちは毎回「赤は停止を意味する」と一から考えてから 足を止めているわけではありません。 繰り返し学習してきた情報と行動の結びつきによって、 素早く反応することができます。
このように、すぐに反応する必要がある場面で 自動的に処理できることは、 私たちが日常を安全に、効率よく行動するために欠かせない働きです。
一方、システム2は、 複数の情報を比較する、 判断の根拠を確認する、 事実と推測を分ける、 別の可能性を検討するといったときに働きます。
システム1による自動的な判断には、 いま目の前にある情報だけでなく、 これまでの経験や学習、繰り返し見聞きしてきた情報、 社会的なイメージなども影響します。
これまでの経験、過去の成功体験や評価、 繰り返し見聞きしてきた情報、 社会の中で共有されてきたイメージなどは、 意識しなくても私たちの中に蓄積されています。
こうした情報も、システム1による素早い判断に影響します。
その中には、 「リーダーはこういう人」 「育児中なら負担が大きいだろう」 「積極的に手を挙げない人は、役割を望んでいないだろう」 といった、自分では意識していない連想や思い込み、 ステレオタイプが含まれることがあります。
こうした、自分では意識していない思い込みや先入観、 連想、ステレオタイプなどを、 アンコンシャス・バイアスと呼びます。
アンコンシャス・バイアスは、 本人が気づかないまま、 ものの見方や判断、行動に影響することがあります。
素早く判断すること自体が問題なのではありません。 すぐに反応する必要がある場面では、 自動的な処理は欠かせません。
一方で、人の評価や配置、誰に機会を与えるかといった判断では、 最初に浮かんだ判断をそのまま結論にする必要はありません。
しかし、アンコンシャス・バイアスは システム1による自動的な判断の中で影響するため、 その都度「これはバイアスかもしれない」と 自分だけで見分けることは簡単ではありません。
そこで重要になるのが、 自動的に浮かんだ判断を、 もう一度検討の対象にするための きっかけやプロセスを入れることです。
判断の根拠を言葉にする。他の人の視点と比べる。
情報を追加する。問いを置く。
あらかじめ定めた基準と照らす。
こうしたプロセスによって、
自動的に浮かんだ判断を改めて検討することができます。
自分が意識している考えと、 自動的に生じる連想は、 必ずしも同じとは限りません。
IAT(Implicit Association Test/潜在連合テスト)は、 言葉や概念を分類するときの反応時間の違いから、 自動的な連想の相対的な強さを捉えるために開発された手法です。
IATの研究と公開を行う「Project Implicit」は、 1998年にワシントン大学のAnthony Greenwald氏、 ハーバード大学のMahzarin Banaji氏、 バージニア大学のBrian Nosek氏によって設立されました。
たとえば、自分では「男女を同じように見ている」と考えていても、 「男性と仕事」「女性と家庭」といった組み合わせに、 異なる自動的な連想が表れる場合があります。
IATは、個人の人格や 「差別的かどうか」を診断するものではありません。 結果を固定的な評価として捉えるのではなく、 自分にも意識していない連想があることを考えるための 一つの材料として活用します。
実際の仕事の場面で考えてみます。
小さな子どもを育てている社員を見て、 「今回は負担が大きいかもしれない」 という考えが自然に浮かぶことがあります。
そこで、 「本人の意向を確認したか」 「実際に参加できないという事実はあるか」 「育児の情報がなければ同じ判断をしたか」 「他の候補者にも同じ基準を使っているか」 といった問いを入れます。
すると、最初に浮かんだ判断を、 別の情報や視点から検討できるようになります。
アンコンシャス・バイアスにはさまざまな形があります。 ここでは、仕事や人材判断に関わりやすいものを紹介します。
「女性は管理職を望まない」など、 集団に対するイメージを個人にも当てはめて判断することです。
最初に持った評価や考えに合う情報を重く見て、 反対の情報を捉えにくくなることです。
自分と似た経験や考え方、経歴を持つ人を理解しやすく、 評価しやすくなることです。
最初の印象や過去の評価が基準となり、 その後の情報や変化を十分に捉えにくくなることです。
一つの目立つ特徴や評価が、 その人全体の見方や判断にも影響することです。
育児や介護などの状況から、 本人の希望や可能性を確認する前に周囲が判断することです。
私たちが「自分には何ができるか」「何を選ぶか」を考えるときにも、 これまでの経験や、周囲から受け取ってきた期待、 社会の中で繰り返し触れてきたイメージが影響します。
「私には向いていないかもしれない」
「管理職になるタイプではない」
「迷惑をかけない方がいい」
こうした考えも、自分の中から自然に生まれたものに見えて、 これまでに身につけてきた前提や無意識の連想が 影響していることがあります。
そこで、 「なぜ、私はそう思ったのか」 を言葉にしてみる。
自分の判断の背景にある前提を言語化することが、 その選択を改めて検討するきっかけになります。
アンコンシャス・バイアスについて知り、
自分の判断を意識することは重要です。
しかし、重要な人材判断を、
一人ひとりが常に「気をつける」という
個人の意識だけに委ねることには限界があります。
自動的な判断は、意識しようとして働くものではありません。 だから組織では、判断を一度検討の対象にし、 システム2による確認や再検討が起こるきっかけを、 判断プロセスそのものに組み込むことが重要です。
私たちが膨大な情報の中で素早く反応し、判断するために、
システム1による自動的な処理は欠かせません。
その同じ自動的な判断の中で、
自分では意識していない連想や思い込みが
判断に影響することもあります。
だからこそ、重要な場面では、
判断の根拠を言葉にする。問いを置く。
別の視点を入れる。事実を確かめる。
そして組織では、
こうした確認や再検討が個人の意識だけに委ねられないよう、
判断プロセスに仕組みとして組み込むことが重要です。